
『ショッカーO野の特撮ウラ話Vol3〜伴大介の巻〜』の前夜、久し振りに青影さんに会いに行って来ました




吉延さんに会うのは、2月の『ショッカーO野の特撮ウラ話Vol2〜金子吉延の巻〜』以来で、「あの時、せっかく陽炎姉さんとご対面出来たんだから、サイトに書いてヨ

」と、ブログ用の原稿の催促を兼ねての食事会へ













青影さんは、信長の時代の人なので(爆)デジタルとは無縁な為、ブログ用の「作文」は400字詰め原稿用紙に「宿題」として書いて来て、それを僕がチェック&パソコンで打ち直して公式サイト担当者に送るというシステムを今も続けています










で、宿題=原稿を受け取った後は、近況や雑談で盛り上がりつつ食事

この日はお気に入りの鮭おにぎりを









そうそう、吉延さんは、以前から食事会が始まってしばらくすると、「電話魔」に変身するのデス


誰かに電話をかけて自分で少し話すと、いきなり電話を僕に代わらせる

相手が誰かも告げずに



で、恐る恐る出ると、その昔は1度もお会いした事ない赤影=坂口祐三郎さんの奥様だったり、白影=牧冬吉さんの奥様だったり



ここ数年は、そんな「電話魔」も鳴りを潜めていたのが(爆)突然復活

今回のお相手は、僕も以前京都でお会いした事のある「赤影ファンクラブ」の元会長さんと、先日、55年振りの再会を果たした陽炎姉さんこと時 美沙さんでした




























会長さんとは本当に久し振りだったので、双方の近況を話し、陽炎姉さんには、先日のイベントに出演して下さった御礼を伝えました




一昨年、実の弟さん(『大忍術映画 ワタリ』にも出演されてました

)を亡くした吉延さんが寂しくないように、神様が陽炎姉さんとの再会をさせてくれたのではないかと思います。










そうそう、吉延さんと言えば、つい先日、ライター仲間でもあり、『仮面ライダーカード』のパイオニアでもある堤 哲哉さんから『河童の三平 妖怪大作戦』の貴重なカラー資料を見せて頂きました






堤さんによると、当時、カラーでの写真は珍しく(本作品自体、モノクロでしたし

、駄菓子屋で売っていた5円のブロマイドは後から着色したものでした
)連載雑誌だった週刊少年サンデーだからこその取材写真=カラーグラビアなのでは、との事でした

















第1話に登場した河童の国の天敵・妖怪水鬼や、『赤影』では、魔風編で雲間猿彦と犬彦の2役を演じたテアトルエコーの俳優・二見忠男さん(『仮面ライダー』では、イカデビルやカミキリキッドの声も担当
)の人間態の演技がトラウマになるほど怖かった妖怪血なめとかも載ってて超懐かしい












で、超懐かしいと言えばコチラ
先日の『特撮ウラ話Vol2』でも話題になった劇場映画『キングコング対ゴジラ』の1コマ








「ママ、ゴジラ見に行こうよ
」と母親にせがむシーン

直前の作品で森光子さんの息子役で、「母ちゃん
」と呼んでたので、この作品では「ママ
」と言わなければならないのに、それがなかなか言えずに、本多猪四郎監督を困らせたそうですネ










この時の吉延坊や
まだ6歳デス








この後、『飢餓海峡』でもお馴染みの巨匠・内田吐夢監督に見出され、『宮本武蔵』に、さらにそこで共演した中村(後の萬屋)錦之介さんの推薦で『丹下左膳』で京都に撮影に行った事で、「少年スター」として『大忍術映画 ワタリ』の主役となり、青影に繋がっていくという……、6月28日に古希を迎えられますが、これからもどうか元気で、昭和の素晴らしいお話を聞かせて下さい





そんな金子吉延さんが書いた近況がオフィシャルサイト『だいじょ〜ぶ
』で更新(MESSAGE)されてますので、当H.Pの【リンク】から飛んでイスタンブール










