本日より『セイバー+ゼンカイジャー スーパーヒーロー戦記』が公開されたので、それを記念して
僕の『スーパーヒーロー戦記』をチョット思い出してみました
既報の話もあるけど「面白写真ルーレット」で出て来た画像も含めて、40年前のデビュー時から30周年目ぐらい迄を目途に振り返ったところ、まあ、有難い事に本当にいろんな経験をさせて頂きましたネェ〜






デビュー前の1979年に『ウルトラマン』のスーツアクター、『ウルトラセブン』のアマギ隊員でお馴染み、古谷敏さんの会社「ビン・プロモーション」のスタッフのアルバイトで、千葉県君津市のイトーヨーカドー君津店の『帰ってきたウルトラマンショー』から、そのまま夜行列車に乗って、夜中に長野県松本市に着き、土砂降りの雨の中、傘も無く宿を目指して2時間彷徨い、翌日イトーヨーカドー松本店で『ザ☆ウルトラマンショー』をやった事に始まり、翌年、大野剣友会やジャパンアクションクラブの撮影やヒーローショーを中心に展開していたMプロジェクトでのデビューが、『ウルトラマン80ショー』だったので、やはり、その辺りのウルトラヒーローには思い入れがありますネェ〜




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は2012年正月の日付なので、東京ドームシティ・プリズムホールの『お正月だヨ
ウルトラマン
』イベントの時だったかナァ〜
デビューして暫くは、丸広や東武ストア等、埼玉県の百貨店やスーパーの屋上を周り、ひたすら怪獣&戦闘員役ばかりで、なかなかヒーロー役を演らせてもらえず腐ってたら、ある時他所の事務所の助っ人に行く事になり、そこで初めて演じたのが『仮面ライダーX』で、会場は小田急線永山駅のショッピングモール「グリナード永山」でした

やはり石ノ森ヒーロー=『仮面ライダー』に対する思い入れは人一倍なので、初めてライダーを演れた時はテンション上がりましたネェ〜



因みにコチラの

は、2011年2月に東映衛星放送の特番の収録の時



あ、初めて自分が入った石ノ森ヒーローと言えば、デビュー前に1度、『8mmフィルムフェスティバル』のステージで演った「ダイヤジャック」がありました
この時のショーがきっかけで、Mプロジェクトに入る事になった訳ですし


Mプロジェクトに入ってからは、とにかく真面目に稽古して、普段『仮面(スカイ)ライダー』や『ウルトラマン80』、『電子戦隊デンジマン』等の撮影で活躍している先輩方に早く追いつけるよう必死でした





その頃、単独のヒーローより戦隊ヒーローのショーだとヒーローを演れる確率が増えるので、『デンジマンショー』があると俄然張りきってました



この時(1981年1月3日・東武宇都宮店)は、デンジブルーを演らせて頂きましたが、遡る事半年前、小田急多摩センターのイトーヨーカドーで、初めて『デンジマンショー』に参加させて頂いた時は、拙著『ショッカーO野の熱血ヒーロー日記』にも書いた通り、スーパー戦隊のレジェンド・新堀和男師匠が助っ人に来て下さり(この時が新堀さんとの初対面で超緊張してました
)、「お前、津山君に似てるからイエローやれヨ
」と言われ、初めてプロの仕事としてヒーロー=デンジイエローを演らせて頂きました




番組終盤の頃にはカラミ(悪役)だけでなくシン=レッドも演らせて頂くようになり、この頃、テレビの撮影(『仮面ライダースーパー1』1、2話アフレコ、『デンジマン』41話)等にも行かせてもらえるようになりました


『太陽戦隊サンバルカン』の頃は、目まぐるしく環境が変わった頃で、事務所が版権業務をする事になり、映画『月光仮面』やアニメ『おじゃまんが山田くん』の版権を取り、ブツを作り、全国展開でショーをする事になりました



『月光仮面ショー』だとシンは1人。まあ、それでも立ち回りが出来れば嬉しいのですが、『おじゃまんが山田くんショー』だと、立ち回りもなく、テープに録音された声優さんの声に合わせて芝居をする「メルヘンショー」なので、アクションやりたい盛りの当時の僕には不完全燃焼みたいな所もあり、さらに社長が、僕の演じるお父さん=山田ヨシオのキャラの動きを気にいってしまい、ずっと『山田くんショー』に行かされそうだった為、一時事務所を離れ、件の「Xライダー」の事務所の手伝いをする事になりました

そこでは、後に円谷プロで事業部長となる古池啓一君(僕のイーグルに蹴られてる怪人

)との嬉しい出会いもありました




しかし、この事務所は、メンバーが高校生とかも含むバイトばかりだったので、経験者の僕が、もれなくヒーローを演る事となりましたが、未経験者が多いのをよい事に、そこの代表の口癖が「この業界はこういうもんだから……」と、後にバイト君達へのギャラの未払いとかが発覚し、結果、僕が労働基準監督署に訴えて、大半のメンバーを引き連れて飛び出す事に




コチラは1981年1月15日・成人の日にグリナード永山で開催された『仮面ライダースーパー1ショー』
当時、Mプロでは殆ど出来なかった単体ヒーロー=シンを演った19歳の僕デス


同じ頃、Mプロでは、撮影所に通っていた先輩達が、故郷に帰ったり、事務所を辞めたり、ショーのみにシフトしたりと、メンバーが大幅に抜けてました


で、その時、事務所のデスクをしていた日体大OBで『仮面ライダースーパー1』では、大野剣友会の上田弘司さんの多忙時に体操シーンの吹き替えやトランポリンカット、劇場版のアマゾンライダーのアクションも担当していた吉田信一さんから、「帰っておいでヨ
」と声をかけて頂いて、僕は戻る事になりました
前の事務所の若手メンバーも何人か連れて

で、アマゾンライダーの吉田さんが劇場版『仮面ライダースーパー1』で出会ったカネゴンこと金田憲明君(当時、東映アクションタレントクラブの4期生で「ストロンガー」役で参加していました

因みにこの時のライダーマンも唐沢寿明さんデス

)もMプロに入り、本業の合間にショーを手伝ってくれていた『ウルトラマン80』で「避雷針80」も演じていた岩泉芳武さんにもアドバイスをもらいながら、新たなチーム作りをはじめました



そんなメンバーのチームワークが抜群だった頃、SBS(静岡放送)が毎年恒例で開催していた『フェスタ静岡』で、例年大野剣友会が担当していたビッグショーを代わりにMプロジェクトで『仮面ライダースーパー1ショー』を担当する事になり、ブルーバージョン(オフロードバイク)を持ち込み、撮影で実際にバイクスタントを担当しているスリーチェイスの谷澤実さんにも来て頂いて、カネゴンがスーパー1、岩泉さんが怪人、僕と吉田さんがドグマ&ジンファイターで、メインステージで立ち廻りを終えたスーパー1が、「チ〜ェンジ、エレキハンド
エレキ光線、発射
」と手を翳すと、ステージからプールを挟んだ展望台に向けて張り巡らせた針金に巻かれた速火線(ストロンガーの電ショック等に用いられる火薬、ショッカーが吹っ飛ぶ事から「ショッカー線」と呼ぶ人も居る

)が「シュバシュバシュバシュバ……」と火を吹き、僕の足下に仕掛けた爆竹に引火し、「パパパパパ〜ン



」と爆発し、「キキィ〜〜ッ
」と、まず僕が落ちます

すると観客席から「オオォ〜〜〜ッ
」とどよめきが起こり、さらにそれをきっかけに登場したスカイライダー(演ずるは『ウルトラマン80』大半のスーツアクター・奈良光一さん

)によって、吉田さんと岩泉さんも落ちる

一度に3人もこの高さから落ちたのは、静岡では初めてだったそうで、テレビ局の評判もとっても良かったそうデス





その頃から僕も責任者としていろんな現場を任されるようになりました


1983年の春休み、埼玉県加須市のヘルスセンター「むさしの村」にて『大戦隊ゴーグルファイブショー』




自分自身、長期で責任者を任せられるのが初めてだったので、気合を入れて連日のショーに臨みました



すると、若いメンバー(半分がショー未経験、てかコスチュームすら着た事もない高校生でした
)にも気持ちが通じたのか、メンバーで一丸となって連日のショーを如何に面白くするか考えたり、ショーにお客さんをより多く呼び込む為に、自主的に遊園地エリアのパレードをやったりいろんな事を考えました
ま、半分は、自分達も遊園地を楽しみたかったのかもしれませんが

本来、僕は立ち回りをまとめる意味で、ゴーグルレッド役でキャスティングされていたのですが、日に日に上達していく後輩達の事や、自分自身のスキルアップを考えている内、悪ボスやMCの勉強を始めるようになりました


なので、司会のお兄さんがデスダークと立ち廻りをやってボロボロにヤラれ、ステージから突き落とされるなんて構成を考えて即実行

不思議なもので、キャラクターのコスチュームを着てステージから落ちても「当たり前」なのか、それほどのリアクションが無いんですけど、普通の恰好の人間が、素の状態で落されると、「ワァ〜〜ッ
」と大きな反応があります
その瞬間が快感デス





おかげ様で「むさしの村」の部長さんや広告代理店の担当さんに大変可愛がって頂いて、「次も大野チャンのチームで
」と、僕が大学を卒業して、さらにMプロを卒業するまで、「むさしの村」でのヒーローショー(『電撃戦隊チェンジマンショー』迄)は、ゴールデンウイーク、夏休み、正月、春休みとMプロジェクトが担当していました



2015年春、30年以上の時を経て、「むさしの村」に行く機会がありました
温泉施設はなくなり、僕らの立っていたステージは取り壊され、同じ敷地の反対側に新たなステージが建設されていました


時の流れに身をま〜かせ〜〜
大学3年となり、平日はテレビの『宇宙刑事ギャバン』や『大戦隊ゴーグルファイブ』の撮影にも頻繁に参加させて頂くようになって日曜祭日はヒーローショー、さらにMプロの仕事としてはフジテレビのバラエティ番組とかも多かったので、大学4年の頃には平日は『宇宙刑事シャリバン』『科学戦隊ダイナマン』さらに秋には『10号誕生
仮面ライダー全員集合
』等に参加し(結局大学へはいつ行ってたんだろう
4年で卒業出来たのは全て友人のおかげかと

)、さらに『オレたちひょうきん族』『いきなりフライデーナイト』にも行かせて頂いて、憧れのビートたけしさんや明石家さんまさん、山田邦子さん達と一緒にお仕事をさせて頂きました



『8時だヨ
全員集合
』で、志村けんさんと絡ませて頂いたのもこの頃デス


この年、夏休みは日本橋・三越本店で『三越こども博覧会』なんてイベントもあって日替わりで交互に『ダイナマンショー』『シャリバンショー』をやっていましたが、ショー終了後にあったサイン会&撮影会がバイトスタッフばかりで不慣れだったので、無駄に時間がかかり、何とかダイナマンは5人で交代出来たものの単体のシャリバンは休憩が出来ず、炎天下で2時間近く立たされ、死ぬかと思いました


『科学戦隊ダイナマン』のタイトルバックや初期の撮影現場は、とにかく「爆発
」「爆発
」「爆発
」の嵐でした




春田純一さん演ずるダイナブラックに絡むシッポ兵。左がカネゴンで右が僕デス


埼玉県の有名ロケ地・吉見の百穴で、九州ロケの残を撮り終えた後、春田さんと


『宇宙刑事シャリバン』のクライムバスターは、初期は当時操演助手だった尾上克郎特撮監督が1発撃つ度に火薬を仕込んでいましたが、途中から合成カットになりました

シャリバン=村上潤さんが構えた後、1発目でファイトロー・的場耕二さんがバック宙を決め、2発目で、崖の中腹に居る蜂須賀昭二君&下の僕が吹っ飛びました


富岡賢(現・マイケル富岡)さんがゲストの第29話では、彼の投げた手榴弾で吹っ飛ばされました


伊賀電に襲いかかる刹那、蹴られます


コチラは第31話より、台詞を喋っているハカイダー=益田哲夫(現・益田てつ)さんに、センターに立つアップ用シャリバン=清水朗君、左側が映画『蒲田行進曲』の階段落ちをされた猿渡幸太郎さん、その隣りが『もりもりぼっくん』の竹神昌央さんと、当時の顔ぶれが懐かしい

タイムスリップして来た伊賀電を不審に思い襲いかかる僧兵達
という芝居をしてます


再び伊賀電が戻って来た時には死んでます

本番直前、目の前にカチンコが来た時は興奮しました


ミスアクマ2がガマゴン大王に喰われる瞬間にも立ち会ってました(右側)


続く『宇宙刑事シャイダー』の絵本ではミラクラー(撮影時は、まだ「ハイダー」でした

)のセンターでした


僕をMプロに戻してくれた吉田信一さんは、新堀さんの弟子となり、現場で実績を積み、さらにJACに入団し、ミュージカル『ゆかいな海賊大冒険』大阪公演では、千葉真一さんの吹き替えまで務め、あらゆるアクションの仕掛けをするチーム「JACコマンド」のリーダーを経て独立、晩年は戸隠流忍者第34代宗家・初見良明先生の下でリアル忍者となりました



そんな吉田さんとJACでは同期の赤田昌人君と3人で吹っ飛ばされたスチールは、番組のエンディングの「この番組の感想はテレビ朝日まで」のフリップに放映期間中使われてましたネェ〜


さらに『超電子バイオマン』の2代目イエローフォーの交代劇直後まで撮影現場に行き、社会人になった後も、ヒーローショーだけは途切れる事なくやり続け、それから暫く経ったある日、アクション監督に出世した石垣広文君から電話があり、2009年春、劇場映画『侍戦隊シンケンジャー銀幕版 天下分け目の戦』で「クサレナナシ」として撮影現場に

実に四半世紀ぶりだったのですが、周りを見ると喜多川務(現・2tom)さんや渡辺実さん、蜂須賀兄弟をはじめ、昔、一緒に戦った顔ぶれがイッパイ
故郷に帰って来た気持ちでした






撮影が終わってロケバスで着替えて外に出たら、『炎神戦隊ゴーオンジャー』のギンジローが停まっていたので、「ゴーオンレッド」の名乗りで

※小さい写真はクリックすると拡大されます

これを機に、また大泉方面に行く事が増えました




映画を観に行くのもTジョイ大泉が多いですが、流石は撮影所のお膝元
この日は『侍戦隊シンケンジャー』の殿の玉座が




『仮面ライダー電王』以降、ヒーロー映画が次々と作られるようになり、OBだった我々にもチョイチョイ声をかけて頂ける数も増えました




コチラは映画版『電王』をはじめ、数多くのヒーロー作品を今も世に送り出している東映の白倉伸一郎プロデューサー、そして、25年振りに現場をご一緒しても(その間も他の現場では沢山お会いしてましたけど
)変わらず温かく迎えてくれるRED師匠こと新堀和男さんと、映画『スーパーヒーロー大戦』の打ち上げにて



アリャ、「戦いの記録」という事で徒然なるままに書いてたら、随分と長くなっちゃったナァ〜
後編へ続く〜



