『宇宙刑事ギャバン』の撮影に初めて行ったのは、第18話『乙姫様コンテスト ハチャメチャ竜宮城』の魔城空城のシーンからでした

その時の兵隊=クラッシャーは、僕を含めて5人
僕以外の4人がJACメンバーで、その中には後に歌手・俳優として活躍する池田政典君が居たり、蜂須賀祐一&昭二兄弟と出会ったのもこの時でした
幹部怪人のダブルマンにはJACの関根大学さん、佐藤浩さん、そして、バルパンサーのスーツアクター・伊藤久二康さんの実兄・久仁昭さんがTACから、さらに蜂須賀兄弟と同じく長い付き合いとなるTACの中村哲君がドン・ホラーの「手」で参加してました


で、この時にメガホンを取っていたのが、後年「仮面ライダーがエントツの上に立った日」を上梓した奥中惇夫監督で、ドン・ホラーの「ギャバンを魔空空間へ引き摺り込め〜

」のシーンの地軸転換装置を操作するカットを新撮する事になり(通常はバンクフィルムが使われていたのですが、クラッシャーの衣裳がそれまでの革ジャンではなく赤いタートルネックに黒いベスト=夏服になった為

)、僕と池田君でやらせて頂きました

魔空城のシーンが終了した時、ダブルマンの佐藤さんが兵隊の所に来て、「この後、(大葉)健二さんのシーンがあるから、誰か1人、お付きをやって
」との事。で、JACの4人さんがジャンケンをして、蜂チャン弟が負け、もれなく蜂チャン兄も残る事に
今や大ベテランのお2人も、この時は「お付きって何をするんだろう
」と、不安そうな表情で同じ顔を見合わせて(爆)いたので、そこは時間だけはタップリある学生だったのと、一応、『電子戦隊デンジマン』の頃から場数だけは踏んでいたので「現場に付いてネ、健二さんが喉が渇いてるようだったら水を出したり、汗をかいてたらタオルを持っていったりすれば良いのヨ
」とか言いながら、僕も付き合う事にしたら、ホンの2、3カットで終わったので、3人で撮影所の近くのファミレスに食事に行きました


そこでは、「この道で長くやっていくのは大変だヨォ〜
」なんて兄貴風吹かしてアドバイスしたけど、何の事はない、あれから40年、蜂チャン兄弟、未だ現役でバリバリ活躍してますネェ〜




そんな懐かし話も、今度の『ショッカーO野・中川素州 昭和ヒーロー万才
』でお話し出来たらと思いますが、どうぞ、皆さんからも「メタルヒーロー」の好き好きエピソードを送って頂きたいと思いま〜す



