1月23日のブログ「はじめての落っこち
」に書いたエピソードをきっかけに、それまで以上に本格的にアクションに目覚め、ショーの会場となるデパートの屋上や駐車場の現場に着くと、ヒーローが登場する時に最もカッコよく見える周辺で一番高い建物等を真っ先に捜し、デパートの担当者さんにお願いして段ボールを用意してもらい、これをマトリョーシカのように大きい箱の中に中くらいの箱、更にその中に小さい箱を入れた物を何個か作り、全体をブルーシートで包んで横に広がらないようガバチョ=ガムテープでグルグル巻きにして落っこち用のマット替わりにするなんて事を度々やって飛び降りたりしてました



いつだったかオフの日に新宿伊勢丹の前を通ったら、ちょうど『光戦隊マスクマンショー』をやってたので屋上に上がってみると大野剣友会の現場で、殺陣師で来ていた岡田勝さんにご挨拶したら、「大野
お前ん所がチョイチョイ落っこちとかやるから、ウチもやらなきゃならないじゃないか
ジロヤン(ウチの事務所の社長=岡田さんとは悪……もとい、親友同士
)に言っとけヨ(笑)
」と言われたので(モチロン冗談ですが

)、お詫びに(
)段ボールの片付けを手伝った事もありました

コチラは1981年1月3日、東武宇都宮百貨店で行なわれた『電子戦隊デンジマンショー』


この時は、デンジブルーで立ち回りをやらせてもらったんですが、送られて来た衣裳がナント、撮影用



なので、本番前ゴーグルに曇り止めを塗っていたものの、1ステージ目が外だった事もあり、立ち回りが始まった瞬間、一気に曇って視界が確保出来ず、絡みの先輩達に結構当たってしまい、後で怒られたのなんのって


コレは西新井ニチイの屋上でやった『デンジマンショー』で、この時はデンジレッド

ショー終了後、観客が上がって来られない控えフロアでメンバーだけの撮影会


後ろでVサインしているダメな怪人は、後にTACに移籍し、後楽園ゆうえんちの『超電子バイオマンショー』のモンスター役を経て、JACに所属した斉藤幸治君


『デンジマンショー』では、レッド、ブルー、イエローと演りましたが、グリーンはテレビの方で蹴られたものの演る事はなかったですネェ〜



1981年は『太陽戦隊サンバルカン』の年


どんな時でもどんな場所でも、『サンバルカンの歌』のイントロが流れると、ついつい条件反射でイーグルのポーズをしてしまうほど、ショーをやりまくってました



この写真は、神戸ポートアイランド博覧会に高校時代の友人達とプライベートで遊びに行った時の六甲山にて


この時は、まさか20年後の2000年から毎年4回づつ神戸に通うようになるなんて夢にも思っていませんでした


ゴールデンウイークの銀座松屋にて

秋にグリナード永山で

飛んでます


事務所の後輩達と伊豆に遊びに行った時


チョイと海洋公園の外れにあった橋からぶら下がってみました


ま、楽しい日々で御座いましたヨ


