2019年05月31日

数多のヒーローの生みの親

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 元東映副社長・渡辺亮徳さんが御逝去されたとのニュースを見ました。この方がいらっしゃらなければ、僕達が子供の頃から夢中で観ていた『仮面ライダー』も『仮面の忍者赤影』も『柔道一直線』も……というか、東映ヒーロー番組のほとんどがなかったと言っても過言ではないでしょう。元々が営業マンのご出身で、そのバイタリティーでNO.1となり、テレビ部部長として平山亨プロデューサー達に指示して、本当に沢山のヒーロー番組を創造し、時には『人造人間キカイダー』等の脚本まで書いてしまうマルチぶりですから、幼い頃から東映ヒーローで育ち、出版社の営業マン経験者の僕から見れば、「営業・企画の神様」的存在でした。
 石森プロに勤務していた頃は、僕が司会を務めるパーティーで来賓として御挨拶頂いたり、石森プロ主催のゴルフコンペには毎回参加して下さり、何度も直接お話をさせて頂く機会にも恵まれました。
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 石森プロ退社後も、節目節目で何度かお会いする機会があり、六本木の全日空ホテルで行なわれた石ノ森章太郎先生を偲ぶ会の時は、献花の列ですれ違う際に、「昨日、アンタの話をしてたんだヨ」と声をかけて下さったり、2011年7月18日に開催された『仮面ライダー40周年』のイベント後にキャスト及びスタッフが集まった『生田スタジオ同窓会』(詳細は、同年8月2日のブログ参照)の時は、久し振りの御挨拶をさせて頂いたら、「やっぱり『ショッカー』がちゃんとしてないと『仮面ライダー』は面白くならないから、頑張ってネ」と、激励して下さいました。また、2013年10月5日に開催された『宮城ヒーローサミット2013』(同年10月9日のブログ参照)の席上、ヒーロー番組製作に多大な貢献をされた事を表彰させて頂きたい旨、事前に直接お電話させて頂いたところ、「俺はいいから、表に出る人達を表彰してやってヨ」と仰ってました。その電話中、我が家の近所で落雷があって自宅周辺で停電してしまい、ドキドキしながら電話を掛け直した事も、今では良き思い出です。本当に永い間お疲れ様でした。合掌。
posted by ショッカーO野 at 15:35| Comment(0) | 日記
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